11/22(土)に、meeと共に勝間和代氏の講演を聴いてきたので、
そこで勉強したことや感想などを書き記そうと思います。
“現在の社会経済の中で、いかに女性の働きやすい社会を作り上げるか”
という内容を基本に話は進められました。
まず、私は男性であり、結婚をして未だそれほど年月が経っていない、
そして子供も未だ居ない身の上です。
勝間氏の本を拝読したことも無く、つまり、今回テーマとなる部分について、
真剣に考えたことなんてなかったなぁ、と言うのが第一でした。
女性が働きやすいと言うことは、つまり子供を産み育てながらも
無理無く働き続けることができると言うこと。
その為には、社会の基本的な仕組みが変わる必要があるようです。
逆に。女性が働きづらい社会のままでは出生率は右肩下がりを続け、
年金の仕組みは言わずもがな、国力そのものが弱体化するのです。
勝間氏によると、国の予算で、高齢者に対する予算が、育児・教育に
対してのそれを上回っているそうです。
(高齢者に対して、が8%、育児教育に対して、が2〜3%)
高齢者への分、こっちに回そうぜ、とは思いませんが。
本当に国の将来を考えているなら…。出来ること、有るよなぁ。
少なくとも、労働力を国外からの力に頼るような事を考える前に。
本当に仕組みが良くなり、男女共に子供を産み育てながら働くことができる
ならば、税金が少し高くなっても構わないです。
それは投資であり、惜しむべきものでは無いはずです。
講演を聴いて感心したのは、勝間氏が、あくまで社会経済の長期的な
視点から持論を展開されていたことでした。
TV等で目にする、こういった主題についての議論における女性発言者の
雰囲気とは一線を画すものがあり、合点のいくものでした。
というのも、勝間氏本人が、もともと外資系証券会社で資本主義経済の
最先端に居た、ということも大きく寄与しているのでしょう。
また、興味深い事柄としてひとつ、
モデルケースとしての「親2人・子2人」が広まっていて、子供が3人になった
途端に、生活の上で不自由な場面が頻出するということ。
これは大量生産・画一化において、頭をロクに使わず“基準”に頼りすぎた例?
或いはこれまで女性が開発現場に居ないことの象徴なのでしょうか。
他人事では無いような。考えさせられました。
国が成熟すると少子化は必ず起こる、と前置きし、経済学から見た少子化進行の
理由としていくつか挙げられたうちの一つに
・所得効用が無くなる
というものがありました。それは、
子供を産むことで、将来、子供にも働いてもらい、世帯の収入を増やす
↓
先進国で、低学歴では雇用が無い
↓
教育費のほうが高くなってしまう
というもの。なるほど、そういわれたら、そのとおり。
子供を産むだけ生活が苦しくなるって言う社会で、「子供好きだから」という
気持ち(とても大事な気持ちだけど)だけでは、難しいんですよね。
そのうえ、高度・高費用な教育を受けた4大卒女性の働いていない割合が
5割にのぼるという日本。
女性が、高度な教育を受けたのにそれを活かす環境が整わないばっかりに、
世のお父さん達が寝ないで日々働き、それでも娘は何とか大学にと頑張り、
でもその娘の働き口はヤッパリ無くて、そんなお父さんを見て育った娘は
子供を産むとお金掛かって大変なのね頑張ってよ旦那サマ…的スパイラル。
じゃあ“出生率を上げるために女性には高度な教育を受けさせません”と
決める?そんな訳にはいかないだろう。変です。
問題について、囲い込み・腫れ物扱いで対症療法を続けるのではなく、
環境そのものを変えない限り人間は繁殖しない、と、新潟の朱鷺を
例に挙げて、本質を突くお話も。
そこで必要なのが、社会システムブレーンへの女性の進出である、と。
政治家や政府の委員会、そして会社(権限を持つ者)の中で、少なくとも
30%を女性が占めるようにならなければ、社会は変わらない、とのこと。
どうすれば良いか、は自分には分からなくても、現状に対する憤りを
分かってくれているであろう人間を、社会の中心へ推し出す事は確かに
出来る気がします。まず勝間氏には、より多くのシーンでの発言を望みます。
そして、やがてそうした発言者が虐げられることなく輪を広げてくれれば、と
次の世代へと生きることの素晴らしさを伝えていくであろう人間の一人
である私は望みます。


